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2009.12.27

2007年5月25日 東京大学講演会レポート

去る2007年5月25日に東京大学で開催された講演会(別記事参照)の模様を、ガリエヌスさんがレポートしてくださいました。ちょっと長いですが非常に興味深い内容となっていますので、ここに掲載いたします。

なお、ガリエヌスさんご本人によると、「会場で筆写したメモなどをもとに出来るだけ精密に再構成したのですが、雰囲気で語尾などは私が補って書いている所もあるかもしれません。テープまではないので、ちょっとわかりません」とのことです。

ガリエヌスさん、ありがとうございました!

東京大学での講演会。2007年5月25日(金)

 場所・東京大学、大学院、理数学科研究所の大講義室

 東京大学は緑が溢れてました。降雨で道は濡れ、人影もまばらで、目撃者もいない。

建物が木々に埋もれるように点在しています。

ポスターもなく、大々的にやりたいわけではない雰囲気が伝わりました。

せっかく著名人(それなりに)を招きながら、会場も整理券をもった人が数人、淡々と入って行っただけで、持たない人が15人ほど列を作っていました。

開始5分前、整理券を持たない人も入ってよろしい、となり、なんなく入れてしまいました。現代的なホールでしたが、大講義室といっても意外に小さく、収容人数はせいぜい百人足らずと思われます。

前半が学生席、後半は一般席で、もったいないことに一般席はがらがら。

 午後一時開会予定。

が、雨の為、五分ほど遅れてとなり、東大史学科の教授が立ち上がり前説を…。

 「私はローマ史の専門なので、塩野さんのお作品はほとんどの箇所では楽しく読ませて頂いてるのですが、幾つか、同意できない所があります。同僚で日本史をやっている者がおり、司馬遼太郎さんの本についてやはりそうした所がある事を言っておりまして、私は司馬さんの本は楽しく読むのですが、なるほど、そうした専門になってしまうだけに、私もローマが専門でなければ、もっと楽しく読めるのになあと思っているのですが、むろん愛読しているのですが、という事で挨拶に変えさせて頂きます」

 言いたい事はわかるのですがこれは少々問題では(笑)

 新潮社の担当者が入場、簡単に司会進行を説明。

 まず冒頭陳述を述べ、それから質疑応答をしたいと思う、と展開を喋り、満を持して、塩野本人が登場。実際にはこの時までに開場から三十分近く経過してました。

 本人の身長は160センチぐらいと思われます。藍色の、裾が足首になるに従ってすぼまるパンツに同色のスーツ、緋色のシャツを着てました。手には銀の時計と指輪が公演中、燦然とまぶしい。髪は茶髪に染め、パーマをかけて逆立ってました。

 講演といっても、実際には質疑応答をメインにしたい、と言い、はじまりました。

 百匹の羊を飼っていて、一匹が行方不明になった時、その一匹を心配するのが文学者と宗教者ですけれども、残り九九匹の面倒を見続けるのが政治家と、そして実は…歴史家の仕事です。

今日の講演会は「塩野七生を知ってますか」というタイトルですが、必ずそれだと「知ってないといけないんですか」という質問が来ると思いますので予め申しあげます。

 普段、私は知っていて得をするという事は全くない。でも、ちょっと人生が豊かになるんです。と、言ってますが、今日だけは方針を変えます。

 歴史をお読みになるべきです。あらゆる歴史作品をです。

 貴方がたは、いずれ、欧米人や第三世界の人間とつきあわなければならない。

今思えば、貴方達のお父様の世代は、ひとつ過ちを犯した。

 日本について主張する時に、日本人は、自分たちは特殊だから、と言ったのです。これは絶対に説得力を持ちません。

 同じ土俵に立たねば、相手にしてくれないのです。

 現代の世界とは、だいぶ綻びてはきてますが、基本的には欧米の作った土俵で動いております。その時、私の作品は、その土俵への階段になるんです。

 欧米では、私の書いた内容は、一般教養にすぎません。

 ですので、私の本を読むと、得になる、とはっきり言います。

 こうした素養があると、相手との会話が持つのです。

 貴方達のお父様たちの世代は、知力では私より上の方か、同じような方です。ですが、いま日本では世界史が未履修という事で騒いでますが、あんな世界史では、たとえ履修しても未履修と同然です。(会場笑)

 欧州では、小学校で五年間をかけて古代史から教え、中学でもう少し細かい歴史を教え、高校で高度な歴史をと、同じことを三度教えています。

私は今日、東京大学にうかがうのは楽しみにしておりました。というのも私は東大に入りたかったからで、昔、私は外交官になろうとしていたのですね。

でも、東大に落ちた途端、外交官はどうでもよくなって、東大に落ちたぐらいでどうでもよくよる夢は、たいした事はないのです。

そのかわり東京大学で教えていた哲学の先生が出張している大学を調べたのです。慶応大学と学習院大学でやっていらした。

慶応の哲学科は50人、学習院は20人、で、少ないほうがいいと思って、学習院に行きました。

欧州に行ってから、ケンブリッジとか出た人たちと意外と話が合うのです。これはなぜかというと、当時の学習院哲学科は哲学史を二年やり、宗教史からなにから、徹底した教養を教え込んだのです。これがつまり、欧州の普通教育と似ていました。

卒論は、どうぞ好きな物を…という訳で、私は15世紀フィレンツェの芸術史を行いました。そしたら、これは学問ではないと言われまして…。

以後も私のやっていることは歴史かどうかはわかりません。ですが、少なくとも歴史学ではない事は確かです。ですので、大学に残っても目はない、と大学とは完全に訣別致しました。というより大学に訣別されたのかもしれませんが。

で、その後、物語ればいいんだ、と。

私はその後も、優しくは書かなかったけど、歴史とは役立つと確信しています。

 1時50分ぐらいに質疑応答が開始。

問「欧州と日本の違いとは」

答「言葉についての認識です。日本では、言論は味方に対する主張ですが、言論とは、本来は、違った人々を説得する為の武器です。

 この時、起承転結とは普遍的と確信しております。わかっている人に対して言っているから、言論は明快ではなくなるのです。何も知らない人、或いは敵対する人に対しては、ゼロから初めて、なにを話し、どう話し、どこで結論にするか、起承転結は重大です。

 日本製品は欧州で大成功しましたが、これは、馬鹿でもわかるようにマニュアルを書いているからという要素はあったと思います。

 イタリアの大学の口頭試問は、学生一人に教授が複数、それを教室で生徒が見ているという形式です。こんな時に判らないといったら、私は馬鹿です、と公言するようなものです。(会場笑)イタリア語ではパロネットと言い、サッカー用語で、少し外した所からボールを持っていき、ゴールするという事ですが、パロネットで、教授に自分は何を聞いていたのか忘れさせるような形で持って行く、そういう力があるのです。

 味方は相手にせず、むしろ敵を、という意味で現代の政治家では、ブレアは非常に優れています。いつも敵を説得している。

 ブッシュは、いつも味方に前も後も囲まれたような所で演説していますね」

問「私はタイの女性と結婚してますが、塩野七生さんはイタリアの男性と結婚されてました。塩野七生さんのアイデンティティはどこかとか考えられたことはございますか」

答「私がローマに住んでいる理由は、仕事に便利だからです。かつてのローマ帝国の領域のどこでも飛行機で二時間で行ける。私がデビューした時、永井荷風や谷崎潤一郎の日本回帰があったように、塩野七生の日本回帰はいつか、と聞かれました。デビューしたばかりで回帰なんてと思いましたが、衣食住のうち、衣と住はイタリアで適応しましたが、食は最近、日本回帰してきましたね。となると塩野七生のアイデンティティは日本食、ことに大根おろしだったという事でしょうか。日本でデパートの地下に行くと興奮しちゃうの」

(会場どよめく)

問「東京大学でも原理主義の勧誘があったりしますが、原理主義についてどう思われますか?」

答「リアリズムとは、現実と妥協することではなく、現実と闘うことです。でも、原理主義とは理想論だから、戦わなくてもよい。理想とは、楽、なんです。でも私は皆さんにそんなに早く楽になってほしくない。現実にはないから理想なんです」

問「ローマ人の物語を全巻読破しました。…巻末に膨大な史料が列挙されておりますが、あれ読まれるの苦痛ではありませんでしたか?」

答「だから、体力が必要なんですよ。(会場笑)イタリア語を学んだ時、私は推理小説を読み飛ばして、キーワードとなる単語を覚えていく方法でマスターしました。文法書は一度読んだだけで忘れました。そのうち、キーワードを見つけるのが上手くなった。

巻末に掲げている史料の全ページまでは読んでません。必要なキーワードが判るようになり、それを書いています。」

問「ローマ人の第10巻、【全ての道はローマに通ず】は、ローマの公共事業について書いてますね。なぜあれを書かれたのですか?」

答「あれは土木建築業界の関係者に例外的に売れましたね。なんか土木の学会の賞も頂きました」

「東大ではね…公共事業をどうつくるか、は教えます。でも、なぜ作るか、は教えない。私はそれを判りたくて書いたんです。貴女はいずれ(質問者は女性)国土交通省とかにいって公共事業をやるのかもしれない。その時ね、なぜ、その事業が必要か、を知っておくと、代議士を撃退できる論理的な根拠となる筈です。国、地方、市町村、個人で作るべきものがそれぞれどれか、という事が。

 私は日本の公共事業を知っていたから書いたのではありません。建築学がない時代に、あれほどの社会資本を整備した理由は何かを知りたかった。それは多分、常識に基づいて必要性を判断したと思っています。考えるとローマとは偉大なるアマチュア集団なのね。【ローマ人の物語】は、素人が偉大な素人集団を書いた物なんです」

「私は公共事業を研究しているのですが、そのさい塩野七生さんの【全ての道はローマに通ず】をテキストにしてます」

「え、誰です?」

「あの…助教授なんですが、(人名を言ったが、判らず)」

「先生に宜しくお伝え下さい」(会場笑)

問「カエサルの魅力はなんでしょうか」

答「自分の信念に忠実であることでしょうか。モンテスキューは、カエサルはどの時代に生まれても指導者たりえたであろう、といってますが、カエサルは部下を試すんです。

すると大抵は失敗するが、その後始末は大抵自分でやっています。これは部下としてはありがたい上司ではないでしょうか。失敗したあとでかばっていますから。

 カエサルなら、サッカーの日本代表を監督すれば、世界杯でね、優勝は無理ですが、準決勝まで持って行くことはできるでしょう。

 貴方がたの年齢では失敗しても、自己生産力があるんです。でも40過ぎるとね、他人の生産力を使いこなさなければならない。それが上手かった」

問「多国籍企業で社長秘書をしております。ローマ帝国も多国籍国家でしたが、なにか参考になる所はございますでしょうか」

答「私は多国籍企業については不明なので、そのお答えは致しかねます。ですが、ローマ市民権は、カエサルの時期すでに500万おり、実際に選挙に参加できたのはローマにいた50万程度の市民となります。この実態とのずれ、量の拡大に伴う質の変化が、カエサルに政体を寡頭制から皇帝政に改革させた原因だと確信しております。

決定機関を500万の市民からただ一人の人間に移行させるという目的は、統治能力を落とさない為なんです。といって、全ての体制を変えるのは良くない。ローマでは中央集権と地方自治を分割しました。地方は自治のまま自治体の選挙をして首長を選ぶんですが、帝国全体の方向性は中央で決定するわけです。近代の後期帝国では、統治するだけでした。これでは地方の不満が爆発するのです」

問「韓国から参りました。韓国では一部メディアでは、帝国主義を美化していないかという論調もございますが…」

答「あら、韓国で…それはメディアで?(と興味深そう)…平等だと思うから、共産主義は生じる。ですが、スイスの村で直接民主制を行うのなら兎も角、ある程度以上の住民共同体は、なんらかの権力が必要になり、その中で統治者が現れます。人類はあらゆる政治体制を考えましたが、権力者のいない政治体制は遂に考え出せませんでした。ローマ帝国は、支配ではありません。反乱がない。その中で多民族がなにやらいっしょにやっている。

証拠の一つが、ローマ皇帝がローマ出身者だったのはトラヤヌス…(2,3秒考え)1世紀のネロまでです。その後はイタリアの地方出身者となり、トラヤヌスはスペイン出身で、最後にはアラビア出身、アフリカ出身の皇帝がでてきます。

何がローマに重大か。それは宗教ではなく、生き方の問題ではなかったかと思うのです。私は権力がどう使われたか、を書いています」

 「でも死んでいる人ばかり見ていると、生きている人と話すのはヘタになりますわね。…私は、どんな人にも、どこか使える所があると考えてます。ローマ人の物語の中でも、断罪はしてません。私にその資格があると思えません。

 私自身、それほど大した人間とは思っていないのです。時代や上司に恵まれなかった人もいますし。

 自分だったら、どうだろう?最後にはそこに落ち着くんです。自分だったら、どうしただろうと」

 「ローマの滅亡は、歴史事実です。ですが、それをどのように見るか、は歴史認識ですね。これは他の人が書けばよい。そうすれば、複数の中から選択できます。最終的には判断するのは、読者です」

問「ルネサンスは、なぜ書かれたのですか」

答「ルネサンスは、宗教改革をしていないから半端だという意見が納得できなかった。

しかし、二十年ほど書いて判ったのですが、たぶん、ルネサンスは、宗教改革をやらなかったために、ルネサンスなんです。

 宗教改革は、ルターが、キリスト教会による人間の改善は千年経っても人間は変らなかった、という認識から始まっています。

ここではルターとマキアヴェッリは意見を一応一致すると思う。

 でも、マキアヴェッリは、では未来も変らないだろう、と考え、ルターは、では教会を排除し、個人の信仰によって改善しようとしたわけです。でも、個人の信仰とは危険でもある。プロテスタントは信者の信仰を信じないと、成立しません。

しかし個人は、聞きたいと思った事を、神の声にして聞くのです。

宗教改革は、ドイツだからこそ発生したと考えています。

 この点では、イタリア人であるマキアヴェッリは、丸っきり信じないわけでも、信じている訳でもない。でも、臨終の時には、終油の秘蹟とかを受けて死んでいる。天国も地獄も、無いとも有るともわからないわけですしね。

 ルネサンスは、知りたい、という運動です。この点で、疑問を持つイタリアという国が、私をひきつけたと思います。イタリアに、私が共鳴する要素があったのでしょう」

問「イタリア人と日本人の男性の魅力の違いについて、なにかございますでしょうか」

答「私は…こういう話はいっさい、致しません。第一資格がないと思うのです。イタリアの男と結婚したしね。自分の息子が出来た時は、これを理想の男に育て上げようかと思いましたが(笑)でも息子が、カエサルのように振る舞えばモテルわよと言ったところ、実践したら全然もてなかったとか言っていたけれど。

イタリア人の男性について、ひと前でキスをしたり、そうしたイメージが輸入されているように思いますが、あれは下層の人の風俗です。イタリアでもある程度以上の社会では、ひと前では絶対にキスは致しません」

問「聖フランチェスコや、ルードウィヒ2世は書かれたりなさいますか?」

答「あの男とは直接に対面してない…」

 メモから再現できる問答はこの程度です。実際には、話は結構飛び、一つの問答の中で枝葉が伸び、別な話になったことも。

 最後の質問者に対して、カエサルが部下の面倒を見た話につらなって、今、私は、アフターケアをしてます。書き終わった後の…でも疲れたわね。今日は東大で、明日(5/26)札幌に行って、それでお仕舞い、という話に。

 どの質問に対しても、諮問者をじっと眺め、二、三秒考えてから、回答しました。

「間」が印象的。回答を考え、起承転結でまとめているのではないかと思います。企業採用面接のようですが、大学の口頭試問についても言及したので、彼女にとっての言葉の使い方の特徴と感じました。

 平均すれば質問の水準は高く、東大だけの事はある、と良く思えました。

もともと私は心酔者なので、つっこみを入れるような冷静さを排除してしまっているのでしょう。それでは味方になってしまうだけだから、こうした場では寧ろデメリットになると思われます。

 満場の盛大な拍手を受け、会場を出て行きました。

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コメント

ガリエヌスさん東京大学講演会レポートお約束どおり掲示いただきありがとうございます。
年末の年忘れプレゼントをいただいたようなものでうれしく読ませていただきました。
質問は塩野さんの答え甲斐のある内容で、よく吟味してお答えになっておられるように感じました。
ガリエヌスさんの文章が明瞭なせいでしょうが、とても興味深く読ませていただいております。
またお会いして議論しましょう。よいお年をお迎えください。

投稿: 西牟田 | 2009.12.29 11:00

ガリエヌスさんからはもっと早くに原稿をいただいていたんですが、掲載が遅くなってしまい申し訳ないです。

投稿: 司馬聡 | 2009.12.29 15:02

こんにちは、ガリエヌスと申します。06年ごろからお邪魔させて頂いており、07年5月の東大講演会も、このサイトで知ることができました。以後既に2年半が経過致しましたが、この度直接、その際の情報を提供できて嬉しいです。このサイトをご覧の皆様、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。情報を頂いたサイト主催司馬様にも、報告できてありがたく存じます。では、また別の機会に…。

投稿: ガリエヌス | 2010.01.03 21:18

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

ガリアヌスさん、はじめまして。
レポート、どうもありがとうございました。楽しく読ませて頂きました。
サイン会、楽しみに予約していたのですが、急な都合で参加できず残念でした。
また機会がありましたら、是非!

投稿: MISAKI | 2010.01.06 22:11

>MISAKIさん

ご無沙汰しております。
先日のサイン会後のプチオフ会では、MISAKIさんのことも話題になってました。お会いできなくて残念です。

投稿: 司馬聡 | 2010.01.06 23:13

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