塩野七生年譜

1937 0歳 7月7日、東京都北区に生まれる。父・筍三、母・由枝。
1953 16歳 ホメロスの『イーリアス』を読み、地中海世界に興味を持つ。
1957 20歳 東京都立日比谷高校を卒業。
1960 23歳 六〇年安保の学生運動に参加、政治について考えるようなる。
1962 25歳 学習院大学文学部哲学科を卒業。
1963 26歳 10月、イタリアに遊学(~1968年10月)。ローマに住み、ヨーロッパ、北アフリカ、中近東を旅してまわる。
1966 29歳 10月、当時「中央公論」編集者で、その後まもなく編集長に就任する粕谷一希に、「ルネサンスの女たち」という題で作品を書くことを勧められる。
1968 31歳 『ルネサンスの女たち』を「中央公論」4,6,9月号に連載、作家デビュー。
1969 32歳 『ルネサンスの女たち』刊行。
1970 33歳 3月、『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』刊行。
同作品により1970年度毎日出版文化賞を受賞。
再びイタリアへ渡り、フィレンツェに住む。シチリアの貴族の出身で医師のジュセッペ・シモーネと結婚したのも、この年と思われる(のちに離婚)。
『イタリアからの手紙』を「花椿」に連載(~1971年)。
1972 35歳 6月、『イタリアからの手紙』刊行。
12月、『神の代理人』 刊行。
1973 36歳 『愛の年代記』を「ジュノン」7月号~1974年4月号に連載。
1974 37歳 3月、息子のアントニオが生まれる。
『イタリアだより』を「文藝春秋」5月号~1975年5月号に連載。
1975 38歳 3月、『愛の年代記』刊行。
6月、『イタリアだより』刊行。
1976 39歳 12月、『イタリア共産党讃歌』刊行。
1979 42歳 『海の都の物語』を「海」2月号~1981年8月号に連載。
『イタリア遺聞』を「波」2月号~1981年12月号に連載。
12月、『漁夫マルコの見た夢』刊行。
1980 43歳 1月25日、最も信頼していた編集者の塙嘉彦が他界。享年45歳。
7月、『コンスタンティノープルの渡し守』刊行。
10月、『海の都の物語』刊行。
1981 44歳 『歴史の散歩』を「ミセス」1月号~12月号に連載。
11月、『続海の都の物語』 刊行。
1982 45歳 『海の都の物語』により、1981年度サントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞。
『サイレント・マイノリティ』を「新潮45+」5月号~1984年12月号に連載。
7月、『イタリア遺聞』刊行。
1983 46歳 3月、『サロメの乳母の話』(『歴史の散歩』改題)刊行。
『男たちへ』を「花 椿」6月号~1988年1月号に連載。
9月、『コンスタンティノープルの陥落』刊行。
『海の都の物語』その他の著作に対して、第30回菊池寛賞を受賞。
1985 48歳 『男の肖像』を「文藝春秋」3月号~1986年2月号に連載。
3月、『サイレント・マイノリティ』刊行。
10月、『ロードス島攻防記』刊行。
1986 49歳 12月、『男の肖像』刊行。
1987 50歳 4月~9月、『聖マルコ殺人事件』を「週刊朝日」に連載。
5月、『レパントの海戦』 刊行。
9月、『わが友マキアヴェッリ』刊行。
1988 51歳 『わが友マキアヴェッリ』により、1987年度女流文学賞を受賞。
7月、 『マキアヴェッリ語録』刊行。
11月、『聖マルコ殺人事件』刊行。
1989 52歳 1月、『男たちへ』刊行。
2月~8月、『メディチ家殺人事件』 を「週刊朝日」 に連載。
5月~1990年8月、『昔も今も』を日本経済新聞に連載。
1990 53歳 1月、『メディチ家殺人事件』刊行。
『人びとのかたち』を「フォーサイト」3 月号~1994年4月号に連載。
『法王庁殺人事件』を「月刊Asahi」10月号~1991年9月号に連載。
1991 54歳 4月、『再び男たちへ』(『昔も今も』改題)刊行。
1992 55歳 1月、『法王庁殺人事件』刊行。
7月、『ローマ人の物語I―ローマは一日にして成らず』 刊行。
1993 56歳 この年、フィレンツェからローマへ居を移す。
『ローマ人の物語I』により、新潮学芸賞を受賞。
8月、『ハンニバル戦記―ローマ人の物語II』刊行。
1994 57歳 『ローマの街角から』を「フォーサイト」5月号~1999年12月号に連載。
8月、 『勝者の混迷―ローマ人の物語III』刊行。
1995 58歳 1月、『人びとのかたち』刊行。
9月、『ユリウス・カエサル ルビコン以前―ローマ人の物語IV』刊行。
1996 59歳 3月、『ユリウス・カエサル ルビコン以後―ローマ人の物語V』刊行。
1997 60歳 7月、『パクス・ロマーナ―ローマ人の物語VI』刊行。
1998 61歳 6月、講演会「21世紀へどう入っていくか」(朝日新聞社主催)を開催。
9月、『悪名高き皇帝たち―ローマ人の物語VII』刊行。
1999 62歳 第2回司馬遼太郎賞を受賞。
五木寛之との 『異邦人対談』を「家庭画報」1月号~2000年1月号に連載。
9月、『危機と克服―ローマ人の物語VIII』 刊行。
2000 63歳 1月、『ローマ人への20の質問』刊行。
6月、『おとな二人の午後』 刊行(五木寛之との共著)。
9月、『賢帝の世紀―ローマ人の物語IX』刊行。
10月、 『ローマの街角から』刊行。
2001 64歳 4月~10月、『塩野七生ルネサンス著作集』(全7巻)刊行。
12月、『すべての道はローマに通ず―ローマ人の物語X』刊行。
2002 65歳 3月、イタリア政府から国家功労勲章グランデ・ウッフィチャーレ章を授与される。
12月、 『痛快!ローマ学』『終わりの始まり―ローマ人の物語XI』刊行。
2003 66歳 『日本人へ』を「文藝春秋」6月号から連載。
12月、『迷走する帝国―ローマ人の物語 XII』刊行。
2004 67歳 12月、『最後の努力―ローマ人の物語XIII』刊行。
2005 68歳 4月、紫綬褒章を受章。
6月、 『ローマから日本が見える』(『痛快!ローマ学 』改稿)刊行。
12月、 『キリストの勝利―ローマ人の物語XIV』刊行。
2006 69歳 『ローマでの対話』を「PLAYBOY」6月号~2009年1月号に連載。
12月、 『ローマ世界の終焉―ローマ人の物語XV』刊行。
2007 70歳 10月、文化功労者に選ばれる。
2008 71歳 1月~7月、『イタリアに住む』を地方新聞および新潮社Webサイトに連載。
12月 、『ローマ亡き後の地中海世界(上)』刊行。
2009 72歳 1月、『ローマ亡き後の地中海世界(下)』刊行。
12月、『ローマで語る』(『ローマでの対話』改題、息子のアントニオ・シモーネと共著)刊行。
2010 73歳 5月、『日本人へ リーダー篇』刊行。
6月、『日本人へ 国家と歴史篇』刊行。
7月、『絵で見る十字軍物語』刊行。
9月、『十字軍物語1』刊行。
2011 74歳 3月、『十字軍物語2』刊行。
6月、『ヴァチカン物語 』(石鍋真澄ほかとの共著)刊行。
12月、『十字軍物語3』刊行。
2012 75歳 5月、『ヴェネツィア物語』(宮下規久朗との共著)刊行。
11月、『想いの軌跡』刊行。
2013 76歳 10月、『日本人へ 危機からの脱出篇』刊行。
12月、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上・下)』刊行。
2015 78歳 12月、『ギリシア人の物語I―民主政のはじまり』刊行。
2017 80歳 1月、『ギリシア人の物語II―民主政の成熟と崩壊』刊行。
9月、『逆襲される文明 日本人へ IV』刊行。

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